東京高等裁判所 昭和28年(ネ)92号 判決 1953年7月29日
控訴人 被告 鈴木竹次郎
訴訟代理人 渡辺御千夫
原審脱退被告 大古田金太郎
被控訴人 原告 金田照吉
訴訟代理人 乙竹忠太
主文
本件控訴はこれを棄却する。
控訴費用は控訴人の負担とする。
事実
控訴代理人は原判決を取り消す、被控訴人の請求を棄却する、訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とするとの判決を求め、被控訴代理人は控訴棄却の判決を求めた。
当事者双方の事実上の陳述、証拠の提出、援用、認否は被控訴代理人において甲第七号証を提出し、控訴代理人において当審における証人宮地亀太郎、同大古田金太郎(原審脱退被告)の各証言を援用し且つ原審における被告宮地亀太郎の提出援用にかかる証拠を全部援用する、甲第七号証の成立を認めると述べた外、すべて原判決の事実のらんに記載されたところと同一であるからここにこれを引用する。
理由
原審における証人竹川由一郎の証言(第一回)及び原告本人尋問の結果をあわせると、被控訴人は昭和四年十一月頃訴外金子喜三郎から同人所有の沼津市上香貫字市場町二七〇番地宅地一一六坪八合八勺を普通建物所有の目的で期間の定めなく賃料坪当り年九〇銭毎年六月及び十二月の各末日に六ケ月分ずつ支払うことの約束で賃借し、右宅地上に建物四棟を建築所有していたところ、昭和二十年七月十七日戦災により右建物が焼失したこと、同年八月頃被控訴人が右宅地上(地内西北隅)に木造亜鉛メツキ鋼板葺平家建居宅一棟建坪五坪五合を新築所有し、引続き右土地を占有使用していること、その後金子清二郎において家督相続により右宅地の所有権を取得し、昭和二十二年六月頃から賃料が坪当り年五円に増額されたこと、右金子が昭和二十二年十一月十六日宮地亀太郎、大古田金太郎の両名に右宅地の所有権を譲渡したことをそれぞれ認めるに足り、同年十二月十九日右土地につき宮地、大古田両名の共有名義に所有権移転登記のなされたことは当事者間に争がない。この事実によれば被控訴人は右宅地につき借地法第十七条、罹災都市借地借家臨時処理法第十一条にもとずき昭和三十一年九月十四日迄を存続期間とする賃借権を有したもので、右賃借権は右罹災都市借地借家臨時処理法第十条により右宮地、大古田両名に対抗し得たものであることは明らかである。しかして成立に争いのない甲第五号証の記載によれば昭和二十六年六月二十七日被控訴人は前記家屋につき所有権保存の登記手続をしたことが明らかであり、右宮地及び大古田は昭和二十七年五月十七日右宅地を共有分割により同所二七〇番地の一宅地四九坪九合五勺と同所二七〇番地の二宅地六八坪九合三勺とに分割した上前者二七〇番地の一の宅地を大古田が、後者二七〇番地の二の宅地を宮地が取得し、同月二十二日その旨の登記をし、さらに同月二十三日右大古田は右二七〇番地の一の宅地を控訴人に譲渡し同月二十四日その旨の登記がなされたことは当事者間に争ないところであつてその結果被控訴人所有の前記登記された建物は右二七〇番地の二の上に存在することとなつたことは被控訴人の明かに争わないところである。
控訴人は右宅地の分割前に被控訴人がその宅地全部について賃借権を有したとしても右宅地分割の結果右二七〇番地の一の宅地四七坪九合五勺の地上には登記した建物が存在しないこととなつたので被控訴人はこの部分の賃借権を右部分の所有権を取得した控訴人に対抗することができないと主張する。控訴人の所有権取得は前記のとおり昭和二十七年五月であるから、控訴人は前記賃借権を罹災都市借地借家臨時処理法第十条によつて対抗することを得ないことはもちろんであつて、ここに対抗の問題を生ずるのはもつぱら建物保護に関する法律によるものであることは明らかである。まず一筆の土地の全部について賃借権を有する者が、その賃借地上に登記した建物を有するときは、右賃借権の登記がなくても第三者に対抗し得ることは明らかであつて、このことはその建物の登記においては敷地はたんに地番のみが表示されその範囲は表示されないことからいつてもその一筆の土地の上に存する建物の位置、殊にその土地のどの範囲が建物の利用上直接必要であるかというようなことには関係がないものといわなければならない。ところがこの土地が所有者によつて数筆の土地に分割され分筆登記がなされると、登記した建物は分筆された一の土地の上にのみ存し、分筆された他の土地には登記された建物が存しないということになるので、この建物の存しない部分の土地を譲受けた第三者にはさきの賃借権を対抗し得ないかのように見える。しかしながら賃借地が一筆のままならば当然その全部について対抗し得るのに、所有者が任意に土地を分筆すれば現に建物の存する部分以外の土地については第三者に対抗し得なくなり、賃借権の範囲が賃借権者の意思に拘りなく実質的に縮少することとなるというのはまことに不合理であつて、このような結果はとうてい容認し得るものではない。従つて一筆の土地全部について対抗し得た賃借権者は、その後賃借地が分割された場合でも、建物敷地の表示を分筆後のそれに合致するよう登記を更正する等特段の事情のない限り、もとの範囲全体につき第三者に対抗し得るものと解さなければならない。
もつともこうすると、土地につき買受その他権利を取得しようとする第三者が、その土地に賃借権が設定されているかどうかを発見するためには、その土地を敷地とする建物の登記があるかどうかを調べればよいとするたてまえの下では、分筆された土地の買受人に不測の不利益を与えることにならないとも限らないが、その土地が分筆されたものであることは登記簿上容易にわかることであり、従つてその分筆前の一筆の土地を敷地とする建物の登記があるかどうかを調べればよいのであるから、必ずしも常に第三者の利益を犠牲にするものともいうことはできない。本件においても分筆前の前示二七〇番地の宅地一一六坪八合八勺の全部につき借地権のあつた被控訴人は、これが分割され右二七〇番地の一宅地四七坪九合五勺につき所有権を取得した控訴人に対し、右賃借権を対抗し得るものといわなければならない。
しからば、被控訴人は控訴人に対し右二七〇番地の一の宅地につき前示のような内容の賃借権を有することは明らかで、控訴人が現にこれを争うことは本件口頭弁論の全趣旨からうかがい得られるところであるから、控訴人との間でこれが確認を求める被控訴人の本訴請求は理由がある。これと同旨の原判決は相当であるから本件控訴は理由のないものとして棄却し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第九十五条第八十九条を適用して、主文のとおり判決する。
(裁判長判事 藤江忠二郎 判事 原宸 判事 浅沼武)